2026年11月7日,京都市立芸術大学(京都市下京区)で開催された 日本音響学会 音楽音響研究会 2026年11月研究会 において,口頭発表を行ってきました.
発表情報
- 発表題目:スケールパラメータ可変なオクターブ重み付き音楽特徴量 ―Besov 型ノルムに基づく定式化とパイプオルガンによる事例分析―
- 著者:鈴木源吾(開志専門職大学 情報学部)
- 会議:日本音響学会 音楽音響研究会 2026年11月研究会(テーマ:一般)
- 会期・会場:2026年11月7日/京都市立芸術大学
- 発表日時:11月7日(土)最終セッション(15:20〜16:40)の2件目
- 形式:口頭発表
研究の概要
問題:「どの音域を見るか」を1つのつまみで切り替えたい
音の高さはオクターブ(周波数2倍)ごとに区切って考えるのが自然です.ところが,よく使われる音の特徴量は,オクターブごとのエネルギーの配分を「全体の傾き」のような1つの数にまとめてしまうか,逆に細かい周波数のまま高次元で持つかのどちらかになりがちです.
今回の発表では,数学(調和解析)の Besov 空間 のノルムの形を借りて,オクターブごとのエネルギーに重み 2js を掛けて足し合わせる特徴量を考えました.j はオクターブの番号,s が「どの音域を重く見るか」を決めるつまみ です.
- s をマイナス にすると低い音域を重く見る
- s = 0 なら全体のエネルギー
- s をプラス にすると高い音域を重く見る
音響の言葉でいえば,1オクターブあたり 6s dB の傾きをもつフィルタを掛けてからエネルギーを測ることに相当します.
題材:パイプオルガンのバッハ《パッサカリアとフーガ》
パイプオルガンは,ストップ(音色の組み合わせ)を足したり抜いたりすると,16フィート・8フィート・4フィート…とオクターブ単位で音域が増減する楽器です.オクターブ単位の特徴量にとって,機構上もっとも相性のよい対象だと考えて選びました.
曲はバッハ《パッサカリアとフーガ ハ短調》BWV 582 で,同じ主題の上に20の変奏とフーガが続きます.1945年から2019年までの 7種類の録音 について,主題・変奏・フーガの22区間に手で区切りを付けて分析しました.
結果1:s の符号で,反応する音域が切り替わる

上の図の灰色の帯は,足鍵盤(ペダル)の低音がなくなり手鍵盤だけになる区間(第13〜15変奏)です.低い音域を重く見る s = −1(青)は,ここで約1/12に急落 します.一方,高い音域を重く見る s = +1(赤)の落ち方は約半分にとどまります.1つのつまみの符号で,どの音域の変化に反応するかを切り替えられることが確認できました.
結果2:「演奏者の違い」に見えたものは,録音年代の違いだった
当初は,低い音域の特徴量で演奏者ごとの音色の選び方(レジストレーション)の違いが測れると考えていました.実際,1945年・1970年・2008年の3録音で比べると,最低オクターブのエネルギーのばらつきの 56.9% が演奏者の違いで説明 でき,いかにも演奏者の個性を捉えているように見えました.

ところが,録音年代を揃えたデジタル録音4件で同じことをすると,その割合は 13.9% まで下がりました.1945年の録音は低音が録音の段階で落ちており,「低音が少ない演奏者」に見えていたのは,演奏ではなく 録音の時代の特徴 だったと考えられます.ただし,デジタル4録音どうしでも楽器・会場・演奏者は同時に違うので,原因を年代だけに厳密に特定したわけではありません.
これは,低い音域の特徴量を演奏の解釈の分析に使うときに,録音年代を揃えないと誤った結論を出しうる,という注意喚起でもあります.一方で,変奏ごとの構造(同じ変奏が録音をまたいでまとまること)は,年代を揃えても崩れませんでした.
質疑でいただいたコメント
今回は3件の質問をいただきました.どれも,数学から持ってきた設計を,音楽・音響の目的からどう正当化するのか を問うものでした.
- 帯域は目的ごとに切るもの.なぜオクターブなのか.C1 から区切り始める必然性もなく,A からでもよいのでは:オルガンはストップがオクターブ単位で効くので有効だと考えた,とお答えしました.ただ,ご指摘のとおり,数学の分割(2倍ずつの区切り)を先に決めて対象を探した面があり,目的と手段が逆転しているところがあります.この手法が本当に有効な適用領域を探していきます.区切り始めの位置も,たとえばこの曲の主音からでもよかったかもしれません(この曲はハ短調なので,結果的には C から始めたことになります).区切りの位置を半音単位でずらしても結論の大筋は変わらないことは確かめていますが,低い音域の数値は区切り方に左右されます.
- 重みの掛け方は,直線的なものだけでなく曲線にするなども考えられるのでは:本来は目的に合わせて変えるべきでした.今回は数学の定義(オクターブごとに一定の比で重みを増やす形)をそのまま使っています.形を自由にすれば目的に合わせられる一方,数学的な性質の保証は失われるので,そのバランスを考える必要があります.あわせて,C1〜C7 の7オクターブに限らず,もっと高次の倍音まで見たほうが音色の変化が分かるのでは というご指摘もいただきました.そのとおりで,分析範囲を広げることを検討します.
- s に最適な値はあるのか:数学の側では s は「滑らかさ」の度合いに当たり,特に最適という値はありません.今回は s を動かして見え方の変化を調べるための「つまみ」として使っています.
おわりに:問題意識の近いコミュニティ
音楽音響研究会での発表は今回が初めてでした.研究会の参加者と問題意識が近いと感じ,質疑のレベルも高く,手法の根本を突く質問をいくつもいただきました.数理的な特徴量の設計を,音響・音楽の目的から問い直す良い機会になりました.
いただいた指摘は,現在準備中の英語論文に反映し,「なぜオクターブか」に正面から答えられる適用対象を探すところから進めていきます.音楽音響に合うテーマは,今後もこの研究会で発表していきたいと考えています.